もしFediverseがSNSの主流になったら

 どうなるのだろう、みたいなことをぼんやり考えている。

 きっかけは昨日、Twitterで、イベルメクチンを手製の黒糖溶液で培養したと報告するツイートが炎上していたことだ。
 
 イベルメクチンは、ある種の放線菌がつくるアベルメクチンという化合物を化学修飾してできたもの。
 だから、イベルメクチンを手に入れるためには、自然界に無数に存在するさまざまな放線菌の中から、アベルメクチンをつくれる特殊な放線菌を探し出して、その放線菌だけが増えられる条件で大量に培養し、アベルメクチンを取り出した上で、化学修飾してイベルメクチンにしないといけない。
 
 ところが、問題のツイートでは、放線菌が含まれていないイベルメクチンの錠剤を少量の黒糖溶液に放り込んで培養し、増えてきた何かをイベルメクチンだと主張している。

 もちろんそんなことが可能なはずはないので、それなりに知識のある人たちが、いっせいにそのツイート主を嘲笑したり批判したりしている、というのが今回の炎上だ。
 しかし、例のごとく嘲笑は反発を呼び、真摯な忠告(あったとすれば)は、ツイート主やその支持者たちに届いた気配がない。

 イベルメクチンは極めて優れた抗寄生虫薬だが、少なくともCOVID-19の治療薬とはなりえないことが既に証明されている[1] … Continue reading。にもかかわらず、COVID-19への効能に、根強い期待を抱き続ける人たちが減っているようには見えない。いつのまにか万能薬のような扱いすら受けているようだ。

 なぜこのようなイベルメクチンへの過剰な期待が生まれてしまったのかについては、科学社会学の視点に基づく詳細な分析を待ちたい。
 わたしが気になるのは、「イベルメクチンの培養」のように荒唐無稽で非科学的で、かつ公衆衛生に関する社会的合意形成に悪影響を与えかねない情報の拡散が、今後のSNSではどうなっていくのだろうということだ。

 今は、TwitterやFacebookといった巨大な独立系SNSに人が集まっているから、あまりに荒唐無稽な情報が発信されると、同じSNS内ですぐさま晒し上げられて批判を受ける。発信者とその支持者が批判を受け入れる可能性は低いだろうが、誤った情報を信じかけていた傍観者の中には、批判の嵐を見て、さすがにヤバそうだと気づく人もいるかもしれない。
 しかし、SNSの断片化が今後進んでいったとしたらどうだろうか。
 巨大な独立系SNSで晒されては嘲笑され、叩かれることが嫌になった人たちが、マストドンなどのFediverseサーバを自ら作り、認識と価値観を共有できる人たちとそこに集まり始めるかもしれない。
 Fediverseサーバは、気に入らない別のサーバをブロックすることができる。不快な横槍をシャットアウトした安全なバブルの中で、ひたすら誤った認識と情報を培養し続ける、といった状況になる可能性はありそうだ。
 
 誤った(あるいは著しく偏った)認識と情報を培養し続けているサーバは、その規模が小さくて、その中で閉じているうちは、社会の大勢に大きな影響を与えることはまずないだろう。
 しかし、規模が大きくなっていったとしたら、そうも言っていられなくなるのではないか。
 ただでさえ、歴史や科学の認識に不安のある今の政治家たちが、声の大きさを理由に、そういったサーバの声を取り上げ始めるかもしれない。実際、一時COVID-19治療薬の候補となったアビガンについては、多くの疑問の声があったにもかかわらず、安倍元首相が前のめりに承認プロセスと確保を進め、結局は開発中止に至った[2]174億円分のアビガン コロナ有効性立証できなくても備蓄継続?
 誤った歴史認識に基づいていたり、科学を無視した政策決定に対する批判の声は、今でさえ通りづらい。にもかかわらず、批判の声が種々の小さなサーバに分散し、批判の対象としたい本丸のサーバからはシャットアウトされていくとしたらどうなるだろう。

 巨大な独立系SNSが覇権を握っている今であれば、ひとつのSNSの中で検索すれば、賛成意見も反対意見も、いちおうは並べて見ることができる。
 もし、こういった独立系SNSが力を失い、あるいは崩壊して、互いにシャットアウトし合ったFediverseサーバが乱立するような未来が来たら……?
 最も悲観的な見方をするなら、異なる認識や価値観のすり合わせや対話が、今以上に難しくなるかもしれない。

 わたしはFediverseが切り開く未来に大いに期待はしているけれど、それはそれとして、さまざまなバックグラウンドをもつ人たちがひとつに集まる場所として、巨大な独立系SNSはまだ存在していてほしいと思う。

 だからこそ、イーロン・マスクやマーク・ザッカーバーグには、できるかぎり公平で自由な公共言論空間の運営を期待したいところなのだが。

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