2022年5月27日

  • 「けど」問題

    TwitterみたいなSNSの短い文字数の中で何かを言おうとするとき、ついつい、「~したんだけど」みたいに「けど」で文章をつなぎがちな癖がついていて、我ながらこれはちょっと鼻につくし安易だなと思っていた。最近はちょっと「けど」を使わないで表現しようとがんばっている。

  • 暑い

    明日は真夏日ですってさ。

    ここのところ仕事と勉強ばっかりしててシン・ウルトラマンも見に行けないので、なんとなく実相寺監督の昔の映画を配信で見たりとかしていた。だいたいがR指定なので、子供が塾に行ってる夜に。

    愛国ユートピアカルトが学生運動家たちをオルグしようとする『曼荼羅』、めちゃくちゃ変な映画でおもしろかった。
    革命とユートピアカルトがバトルしながらいずれも破滅に向かうとか、ジャンプ+でやったらバズりそう。議論のシーンが三島 vs 東大全共闘を彷彿とさせる。

    言葉、言葉、言葉や。それは、言い換えたら、時間をなくすために時間を信じるふりをすると言うことかもしれんが、俺はもうそんなふりするのはいやなんや

    我々は、バリケードの中でつかの間のコンミューンを持った。なあ

    変革とは時を止めることや。俺はそのとき悟るところがあった。時よ止まれということは、死よ来たれということや

    ヒーロー特撮でもよく見るような映像や音の表現が随所に登場するのも楽しい。

    真田広之が偏執狂的な贋作師を演じた『D坂の殺人事件』。D坂要素より心理試験要素の方が断然多かった。心理試験の蕗屋は日本版ラスコーリニコフで、そこが魅力だと思ってる派としては、やや中途半端な印象。でも、ポップアップのペーパー模型で場面転換を演出するのとか斬新。たとえばアニメ『モノノ怪』に影響を与えてたりしないだろうか。

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