2025年7月13日

  • 星新一『祖父・小金井良精の記』を読んだ

     きっかけは、2025年6月11日の毎日新聞記事

    遺骨返還の東大は「最も差別的」 ハワイ先住民が耳を疑った言葉 | 毎日新聞

     著名な解剖学者・人類学者である小金井良精(1859~1944)らがかつて収集したハワイ先住民の遺骨4体の返還について、東大の対応がとても失礼で差別的だった、とハワイ先住民の支援団体代表が述べている。

     人類学の黎明期には、小金井を含めて世界の学者たちがこぞって先住民族の遺骨を盗掘し、交換してきたという歴史的経緯がある。小金井を有名にしたのはアイヌの人骨研究だが、その基になった人骨も盗掘したものだった。

     現代では、遺骨の調査研究の倫理指針が整備されつつあるが、日本の人類学は世界の潮流に逆らっているという指摘がある1。何より、毎日新聞の記事でも指摘されているとおり、遺骨の持ち去りは当時でも非難される行為だった。

     小金井良精とはどういう人だったのか。その孫で大御所SF作家の星新一は、祖父をどう見ていたのか。それが知りたくて、『祖父・小金井良精の記』を手に取った。

     結論として、星新一は、良精の行為について倫理的な批判を一切行っていない。この書籍が出版されたのは1974年のことであり、また、星新一が祖父に非常にかわいがられて育ったことを考えれば、それはそういうものであろうと思う。しかし、子供のころ彼のショートショートを夢中で読んで育った私の勝手な思いとしては、残念だった。

     『祖父・小金井良精の記』は、おおまかなエピソードごとに、良精の日記や、関連する人物の書籍・談話などを引用しつつ書かれているため、年代もあちこちに飛び、どうしても散漫な印象を受ける。あのショートショートの切れ味を期待して読むとがっかりするかもしれない。

     しかし、個々のエピソードについてはさすがのストーリーテリングでおもしろく読めるし、なにより義兄の森林太郎(森鴎外)や師事したベルツを始めとして登場人物が絢爛豪華なので、読み通すのに苦はなかった。

     幕末、長岡藩の武士の子として育ち、戊辰戦争時には流浪して困苦を極めた挙句、明治5年、満13歳で医学を志して第一大学区医学校に入学。からのドイツ留学あたりは、この時代の若者たちの青雲の志が眩しく、胸が躍る。

    学問はそれだけで存在しているのでなく、それを発生させ育てた土壌があるのだと気づく。・・・(中略)・・・ひとつの専門分野を日本に持ち帰ろうとしても、それは切った木の枝にすぎない。死んだ標本である。故国に持ち帰り、移植し、将来にむかって育ちつづけさせるためには、根元のまわりの土を、できるだけたくさんつけておかなければならないのだ。

     生物学的側面からみた学問・研究に関する記述は、星新一自身が東大農学部を卒業し、大学院前期を修了した理系の人なので、専門的になってもかゆいところに手が届くおもしろさがある。

     良精のアイヌ研究については、良精自身が書いた「アイノの人類学的調査の思い出――四八年前の思い出」の要約としているが、良精の日記も参照して構成していると思われる。

     ヘビを嫌うアイヌの老婆を同行者が呼びとめ、ヘビの話をしてからかっているうちに発作が起こった話などが、まったく批判もなく紹介されていて、このあたりは読んでいて極めて不快だった。また、盗掘の詳細についてはまったく触れられていない。日記には書いてあったはずだが。

     書籍全体を通して、良精自身はアイヌに深い親近感と愛情を持っていた人物として描かれており、それはそうなのだろうと思うが、和人と対等に尊重されるべき民族とみている節はなかった。それは台湾やそのほかの国の先住民たちに対しても同じであり、星新一もそのような見方を共有しているように思えた。

     そのほかに印象に残ったことは大きく分けて3つある。

     まず、この時代、とにかく人が死ぬ。病気で、戦争で、あるいは人生を苦にして、どんどん人が死ぬ。良精の人生に後々も関わってくる重要人物なのだろうな、と思った人でも、次のページではもう亡くなっていたりする。
     漫画『ゴールデンカムイ』で、土方歳三が「この時代に老いぼれを見たら『生き残り』と思え」と言っているが、まさにそのとおりだと思った。

     2番目は、良精による昭和天皇に対する御前講演のことだ。
     昭和2年、良精は日本の先住民族について昭和天皇に講義をしており、昭和天皇はそれに対して「日本民族なるものは、どこから来たのか」などと詳しく質問をしている。……えっ、昭和天皇、いろいろ科学的に知ってたんじゃん? どういう気持ちでこの後、現人神として戦争に臨んだんです? と思わざるを得なかった。

     最後、しみじみと心に残ったのは、良精の妻の喜美子のことだ。優れた歌人・随筆家であったことはぼんやり知っていたが、きちんとその作品を読んだことはなかった。それが、『祖父・小金井良精の記』にはたくさん引用されている。優れてこまやかな観察眼と愛情に溢れていながら、てらったところのない歌や随想で、こんなふうに書けたらと心から憧れるものだった。

    1. 持ち去られたアイヌの遺骨が子孫に返還されない 「一刻も早く土に」を阻む背景とは:東京新聞デジタル ↩︎
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