『mRNAワクチンの衝撃 コロナ制圧と医療の未来』


 読んだ。
 
 新型コロナウイルスとの戦い方を一変させたmRNAワクチンのうちのひとつ、BNT162b2を開発したビオンテック社の物語。
 一般にファイザーワクチンと呼ばれるが、ワクチン名に「BNT」と入っているとおり、開発を主導したのはドイツのバイオベンチャー、ビオンテック(BioNTech)社だ。本書は、ビオンテックを創業したウール・シャヒンとエズレム・テュレジ夫妻を中心に、この画期的なワクチンの開発をめぐるドラマを、生き生きと、時に若干引いてしまうほど高揚気味のテンションで描いている。

 「このワクチンを構成する最も重要な要素は、RNAではない。ウール・シャヒンとエズレム・テュレジという二人の人間なのだ。」(エピローグより)

 ……いや、そこはさすがにRNAなのでは、と思ってしまうが。

 それでも、ワクチン開発チームを組織してからワクチン候補を人体に投与する試験まで、わずか88日という目にもとまらぬ速さ(ライトスピード)で開発を進めたウールとエズレム、そしてビオンテックメンバーの熱意と能力とチームワークの見事さにはワクワクする。mRNAワクチンの仕組みも、読んでいればすんなり理解できるように書かれているので、特に生物学に詳しくない人でもストレスなく、エキサイティングな科学読み物としても読めるはず。

 ワクチンの安全性と効果が証明された後、各国で承認を得、販売するまでの各国規制当局や政府とのやりとりも詳細に紹介されていて、2020年終わりから2021年初めにかけてのワクチン争奪戦で何が起こっていたのか、その一端がうかがえる。
 アメリカ大統領選挙前後、有効性データの発表時期が変更されたことについて、FDAの政治的意図があったかどうかは曖昧にぼかされていて、ちょっとおもしろかった。いずれにせよ「きわめて重要な決断だった」のは間違いない。

 また、ワクチン確保に関するEU、EU各国、そしてイギリスのスタンスの違いも興味深いものだった。
 どうもEUは、ビオンテックが米国企業のファイザーと手を組んでいたが故に、ビオンテックに塩対応だったらしいのだが、ビオンテックCEOのウールは、EUに対してそれほど批判的ではなかったというところに優れた人格が読み取れる。それだけでなく、ウールとエズレム夫妻が常に冷静に、真摯で謙虚な心の在り方を貫いている姿には胸を打たれるものがあった。著者が、このワクチンは夫妻あってこそと主張するのも理解できる。
 そうすると、ファイザー/ビオンテックと双璧をなすmRNAワクチンの開発に成功したモデルナ社には、どんな開発ストーリーがあったのか。比較してみたくなる。

 もう少し研究寄りの興味からいうと、ビオンテック副社長のカタリン・カリコの話をもう少し読みたい気もしたが、彼女については別の本があるので、こちらをこれから読む予定。

 オミクロン株が全世界で猛威を奮っていて、先進国では3回目、4回目のブースター接種が進められようとしている一方、途上国では1回目、2回目すら進んでいないところも多い。
 ヒトでこれだけ感染が広がっていれば、当然、動物にも感染が広がってしまう[1]シカで陽性率36% ヒトからコロナ拡大 昨冬にオハイオ州大調査:朝日新聞デジタル。野生動物の中で変異が進んで、感染性や毒性が上がったものが再びヒトに感染する可能性もあるし、ヒトの中で変異が進む可能性もある[2]Omicron’s ‘wacko’ combination of mutations has scientists split over whether it developed in humans or animals。とにかく、ウイルスは増殖するチャンスがある限り変異と進化を続けるのだ。
 変異はランダムに起きるから、すべての変異株が危険なわけではない。[3] … Continue reading
 ただ、進化の結果、新型コロナウイルスが確実に弱毒化する保証はどこにもないし、問題のある変異株が出てくるたびに、新しいワクチンを開発し、それを全世界の人に打つことが、果たしてどれくらい現実的なのか。世界的なワクチンの不平等を解決しつつ、もう少し抜本的にこのウイルスに打ち勝つ方法を模索しないといけない時期に来ているようにも思う。
 

References
1シカで陽性率36% ヒトからコロナ拡大 昨冬にオハイオ州大調査:朝日新聞デジタル
2Omicron’s ‘wacko’ combination of mutations has scientists split over whether it developed in humans or animals
3変異株が生まれるたびに過剰に恐れることに関しては、メディアの報道によって必要以上に危険性を煽られている変異株について、「scariant」という造語が生まれているくらい、問題になっている。